2024年3月

 2024年3月末、春の陽気が漂うミンスクからインタビュー・リポートをお届けします。一年前の現地“外食”紹介(通信No.131号<ミンスクの一日>コラム~3月だより②ミンスク編を参考)でも触れた本格和食レストラン<サカグチ>を経営するメインシェフ坂口圭太さんとマネジメント担当ダリヤさんのご夫婦にお話を伺っています。お二人の出会いから、これまで力を合わせて頑張ってきた東京~ミンスク物語、お互いの国で起きた原発事故に思うこと、今後の目標・夢をたっぷりと語っていただきました。

こころよくインタビューに応じてくれた坂口さん・ダリヤさんご夫妻と(提供写真)

お互いに出会うまで

田中
「先ずは、お二人が知り合うまでの、それぞれの歩みを教えてください。」

坂口さん
「高校生の時、東京の葛西にある父の居酒屋を手伝ったのがきっかけで、お客さんとコミュニケーションをとりながら美味しい料理をふるまう飲食業がおもしろいと思いました。最初に父のところで10年、それから銀座にある京料理店などいろいろな場所で和食系の調理修行を続けた後、父の居酒屋を継いで10年以上経営しました。その時(2016年)に自分の友人の飲食店に(ダリヤさんが)一人で飲みに来ていたんです。そこで知り合う二~三週間前に、偶然にもその友達とテレビ番組か何かで見たベラルーシという国について話していたんです。どこにあって、どんな人達が住んでいるのかなぁって。それで、電話がかかってきて、今お店にベラルーシ出身の女性が来ているんだけど…って呼ばれて。これが出会いのきっかけでした。」

ダリヤさん
「私が15~16歳の時にテレビで放送されていた<ナルト>が大ブームだったんですが、アニメ好きじゃなかったけどそれがきっかけになって日本(語)のことが気になり勉強を始めました。あと、美しい漢字を書きたいというのもありました。当時は日本語教室がほとんどなくて、あったとしても18歳以上でないと受講できなかったので、独学だったり家庭教師を頼んだりして学んでいました。教材も足りなくて、両親に海外から教科書を買ってきてもらったりしていました。自国の経済大学で学んでいた時も日本語の勉強は続けました。卒業後22歳で単身日本へ個人留学し、いろいろな試験を受けたりしてデザイン専門学校に入学しました。でも実は、その前にも18歳と19歳の時にそれぞれ一ヶ月ずつ札幌にある日本語学校に短期留学したことがあります。初めて日本へ来た時に印象的だったのが“山”でした。今まで訪れた海外の国々にも山はあったけど、普通は町の中心から離れた場所に位置していて…。札幌では町中に3つの大きな山があって、どこかしらから常に見えるというのに感動しました。あと、東京と違って外国人が少なかったので、よく見られて一緒に写真撮影するのを頼まれたりということがありました。ベラルーシでは背も低いほうだし、そこまで自分に自信がなかったんですけど、“もしかして私かわいいかも!?”って思うようになって、日本で本当に皆からそう言われるようになって(笑)…。そして、2016年の東京留学時に、圭太さんと出会いました。」

サカグチ店内:訪れたお客さん達が笑顔で過ごせる楽しい空間となっています(提供写真)

日本での思い出

田中
「それでは、お二人が知り合った時のこと、日本でともに過ごした思い出をきかせてください。」

ダリヤさん
「東京へ来て2ヶ月ぐらい経って葛西に引っ越しましたが、やっぱり友達をつくりたかったし、そこに自分の居場所を見つけたかったんです。ベラルーシと違って、日本では一人で飲みに行きやすく、お店のマスターがしゃべりかけてくれるサービスも気に入っていたし、常連さん達と話したりしていました。」

坂口さん
「そう、そんな時友人でもあるそのお店のマスターから連絡をもらって、自分の居酒屋のほうをちょっと早く閉めて来ました。それで、隣に座って一緒に飲みました(笑)。」

ダリヤさん
「わたし、その時ちょっと酔っていたんだよね(笑)!?」

坂口さん
「初めてちゃんとしたデートの、そしてプロポーズした場所が、あしかがフラワーパーク(栃木県にある花の庭園)なんです。あとは、お天気のいい日によくピクニックに行ったり、お花見をしたりした葛西臨海公園が二人の思い出の場所ですね。」

ダリヤさん
「家族が来日したた時に、私の誕生日祝いにバーベキューをしたりと、臨海公園には思い出がいっぱいあります。」

坂口さんのベラルーシ訪問

田中
「坂口さんのほうは、初めてベラルーシを訪れたのはいつですか? その時の印象は?」

坂口さん
「2017年の夏に二週間ほどの滞在でした。知り合ってから10ヶ月も経たないうちにベラルーシに行こうということになって。実は、私にとって初海外だったんです。その時は、日本と雲のかたちも空気のにおいも違うし、道や道路も広くて、それなりに人も結構いて、話したりするとみんな優しそうで、夜あるいても危険もないし…、この町いいなぁって、過ごしやすいなぁって思いました。」

田中
「こちらの“食”に関してはどうでしたか?」

坂口さん
「ここの料理も日本人の口には合うと思うんですよね。“ドラニキ”(ポテトパンケーキや)、“ブリヌイ”(クレープ類)、白チーズを使ったパンケーキの “シルニキ”が好きです。」

田中
「ミンスクでよく行くレストラン、日本から来る人にお勧めの現地料理店はありますか?」

ダリヤさん
「私達がよく行くのは、 (春には桜の花が咲く<友好と人民の公園>近くの)ベラルーシ・(近隣の)ヨーロッパ料理が楽しめる“ドゥルジヤー(友達)”というレストランかなぁ…。」

坂口さん
「そう、夏にはテラス席が良くて…。」

ダリヤさん
「あとは “プツィチ”という郊外に位置する(“ミンスクの海” と呼ばれる貯水湖で憩いの場近くの)ベラルーシ専門料理店で、ここにしかない独特の雰囲気を持つレストランです。」

田中
「飲食店以外でお気に入りの場所はありますか?」

坂口さん
「ここ(<サカグチ>レストラン)のすぐ隣にある“ダナ・モール”(大型商業施設)や家の前にある公園など、普通に近所を散歩するのが好きだなぁ(笑)。それと、(お店の最寄り地下鉄駅<ヴァストーク>から2駅目の<パルク・テェリュースキンツェフ>を出てすぐの)中央植物園で色とりどりの花を鑑賞するのが良いですね。」

[サカグチ]亭入り口(写真右)
~すぐ近くにミンスク最大級の国立図書館(写真上の高層建物の間から一部が見えている)とショッピングモール[ダナ・モール]があります

ダリヤさんの日本での活躍

田中
「話を日本に戻させていただきます。お店のメニューの経営者紹介欄にもありますが、ダリヤさんはNHKワールドジャパンの<trails to oishii tokyo>というテレビ番組で、日本で暮らす外国人リポーターとして活躍されていたんですよね!?」

ダリヤ
「はい、私はこの仕事がとても好きでした。モデルエージェンシー(モデルのマネジメント会社)に入社して、そこから話をもらいました。“日本の食材”について、様々な場所をまわりながら取材をしました。例えば、“卵”がテーマだったら、ニワトリを育てるところからたまごを生むところ、洗浄・消毒して工場で出荷されるまでの過程、その後いろんな飲食店での卵を使った料理紹介をしていました。日本語での高い表現力が求められるマイナーな食材リポートを任されていて、“ひじき”、“煮干し”、“シラウオ”とか…、あと “お米”の食レポでは新米とそうじゃないものや5種類の都道府県からの米の微妙な味の違いを言ったり、船に乗って魚をとりに行く漁業実践など、貴重な体験をさせてもらいました。日本にいる間は1~2ヶ月に一回、各1週間の撮影期間で働いていました。今でもこの番組には感謝しかありません。おかげで、北海道から九州まで全国を駆け巡り、多くの食材と料理人と接することができ、そこで学んだ知識が現在のミンスクでの和食レストラン経営にとても役立っています。」

インタビュー中も笑顔がたえない坂口さんとダリヤさん

<サカグチ>レストラン開店

田中
「このように日本でも充実した生活を送っていたわけですが、ベラルーシで日本料理店を開くという決断に至った理由は何ですか?」

坂口さん
「こちらでも日本料理とうたっている食事処はいくつかあって何回か訪れたんですが、やはりちょっと日本の味とは違いました。皆これを日本料理だと思って食べているんだったら、これは本当の和の味を持ってこないといけないという使命感のような気持ちが湧きました。こっちでお店を開いて、流行ったら何店舗か出そうかなぁって…、そのほうが夢があるかなと思い決めました。コロナ禍になってもその思いは消えず、2021年末にミンスクへ来て準備を整え、和食レストラン<サカグチ>を2022年夏にオープンさせました。当初は、醤油に慣れていないこちらの人の舌にどう味が受け入れられるか心配ではありました。でも、お客さんの多くが“おいしいよ!”って言ってくれてホッとしたし、なかにはあまり好みじゃないという意見もあったり…。いまだに、本当は皆どう思ってるのか気にはなりますね。」

様々な世代のお客さん達でにぎわう店内

田中
「食材の調達はどうしているんですか?」

坂口さん
「(現地で)手に入るものでメニューをつくるような感じで、材料はほとんどこっちにあるものでまかなっています。例えば、たこ焼きもタコの仕入れが難しい場合は貝(イガイ)を代わりに使ったりとか。なので最初はけっこう苦労したし、今でも新しいメニュー考案の時に食材の有無によってつくれる料理が限定されることがあります。」

田中
「<サカグチ>レストランは “寿司”以外の日本料理を提供する食事処としても有名ですが、それがキャッチフレーズのようになった由来は?」

坂口さん
「自分の中では、こちらの魚があまり美味しいとは思えなくて、そういうものを使った料理は出したくないというのがありました。サーモンは使ったりしているんですが、自分が満足できない料理はやらないですね。」

両国に共通の歴史について

田中
「ここからは、チェルノブイリと福島で起きた事故についてお聞きします。」

ダリヤさん
「チェルノブイリ事故については学校でも教わるし、幼い頃から普通に知っていることでした。ベラルーシの子供たちは何かしら甲状腺の問題があって、私もそうだったんですけど、それをいつも医師にちゃんと診てもらわなければいけませんでした。それで、親からはチェルノブイリ事故があったのでこういう診察は受けるものなんだと教えられてきました。私の世代(1994年生まれ)だったら、一年に1回の定期検診かそれ以上必要だったり、状態によっていろいろだったり、ホルモンのバランスが悪かったら薬を飲み続けなければならない人が多かったりしました。事故当時はまだ生まれていなかったけど、私達の親の年代が浴びた放射能が生まれてくる子供の健康に影響してたようです。私のおばさんの首も大きく腫れて、ホルモンの薬を投与し続けて治療しました。妊娠中の女性はリスクが高く、特にこまめな検査と薬の服用が必要で、ヨード摂取とのバランスで難しい判断も強いられていました。」

田中
「このチェルノブイリ医療支援ネットワーク“CMN”の主な活動のひとつに、切開した傷跡が目立たない内視鏡手術の技術の伝授がありますが、これについてはいかがですか?」

ダリヤさん
「ベラルーシの外科医もその技術を習得して実用するようになるのは、すごくいいことだと思います。術後にできた傷を恥ずかしがってタトゥーで隠したりする人もいるので。やっぱり誰でも、男性でも女性でもそういう傷跡が残らないのに越したことはないですよね。」

田中
「福島については?」

ダリヤさん
「福島の事故の場合は、放射能濃度の低下スピードが早かったということなので、あまりナーバスにならないでほしいです。チェルノブイリ事故の時も、昔は汚染が深刻だったゴメリ州なんかでは野菜栽培とか家畜飼育をこわがっていました。でも、それ(汚染物質)はなくなっていくものなので。健康被害を受けてしまった人も、あまり気にしすぎないようにするのが大事です。手術が必要な場合は大変だけど、日常生活の中でせざるを得なくなったこと、例えば甲状腺ホルモン剤常用とかは、自分のためだと思って毎日ごはんを食べたり水を飲んだりするのと同じ感覚でとらえればいいと思います。それが生活の一部だと、普通に動けるのであれば、それで生きている間は人生があることに感謝すればいいんじゃないかな…。」

田中
「坂口さんにとっては、この二つの事故の歴史を振り返る時どんな気持ちになりますか?」

坂口さん
「東日本大震災が起きた時は東京にいたんですけど、そこでもすごい揺れを感じて、その後に“地震”、“津波”、“原発事故”と立て続けに流れてきたショッキングなニュースにただただ驚くばかりでした。チェルノブイリ事故に関しても、“ゾウの足”(原発事故中に生成された炉心溶融物のかたまり)とか、ちょっと想像ができないような、人間の手でつくったこんな恐ろしいものがあるんだなというのがあって、こういった悲劇は二度と起きてほしくないです。このつらい経験を乗り越えた人々が住む国で、今は自分の故郷の料理を味わってもらっていますが、それで皆さんが楽しんだり、笑顔で過ごしてくれるのはとても嬉しいし、ありがたいですね。」

折り鶴で彩られる天井(提供写真)

お二人とお店の現在・今後

田中
「それでは、締め括りに現在の<サカグチ>店のご紹介と今後の目標をお願いします。」

ダリヤさん
「私たちのお店では、本物の日本料理の味の提供とともに、定期的に月2~4回ぐらいで和の文化イベントも行っています。書道や折り紙などの文化紹介、日本語・食材のレクチャーなど様々です。お店のホールの一部をイベント会場にして、実技参加型の催しだったらお茶を飲みながら、お話の会の場合は食事付きで楽しんでもらっています。今後は“手まり”や“水引”とか、あまり知られていない和の文化を紹介していきたいですね(お店のコンセプトにもあるように、まだ現地で有名になっていない日本食を広めていけるように)!」

坂口さん
「もっともっと、ベラルーシで<サカグチ>という名を知らない人がいないぐらい有名な和食店にしていきたいですね。いくつもの店舗を出していければ。それから、皆が “今日は何を食べようか?”ってなった時の一つの選択肢として日本料理を考えてもらえるように頑張っていきたいです。」

ダリヤさん
「そう、ベラルーシ人の“日本料理=寿司”というイメージが、そこにはもっと色々な料理があるんだというふうに変わっていくのが、オーナーとしての夢ですね。」

田中
「現在のおすすめメニューは?」

坂口さん
「ラーメン、たこ焼き…。」

ダリヤさん
「そして何より“角煮”!こちらでは、豚肉はあぶらっぽいし、かたくてパサパサで…というように苦手な人が多いんですけど、角煮を口にしてその考えが変わったという声をききます。うちのスタッフもお客さんも、豚肉は食べれなくても<サカグチ>の角煮は美味しく味わえるという人がほとんどです。この料理はベラルーシ人の豚肉に対するイメージそのものを変えてくれるんじゃないかな。」

田中
「新メニュー開発の予定は?」

坂口さん
「“串揚げ”をやりたいですね。日本風に小さめのを何種類も用意して、そこから一個一個好きなものを選んで注文するというのも、おもしろいと思うんで。あと、本当は“すき焼き”とか “しゃぶしゃぶ”もできたら嬉しいんですけど、なかなか…。こっちの牛肉なんかも赤身ばっかりでサシが入っていないんで、すき焼きにするとどうしても肉がかたくなってしまうとか、生卵をそのまま口にするのは安全じゃないのもあるし…。まあ、いろいろと工夫しながら新しいメニューを考えていきます。」

ダリヤさん
「それから、デザートの種類(好評の抹茶プリン以外にも)を増やしていきたいです。」

田中
「個人的な(プライベートでの)夢はどうですか?」

坂口さん&ダリヤさん
「私達は、健康で、楽しく、仲良く…、一緒に旅行へ行く時間もたくさんつくりたいですね! 」

(左)サカグチのメニュー(上から、ラーメンと餃子、カレーライス、てんぷら)
(右)メニューに掲載されているお店の紹介ページには、坂口さんとダリヤさんのヒストリーがあります

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 本格的な和食をミンスクで味わえる<サカグチ>レストランでは、日本の装飾品で華やかに美しく彩られたカウンター・テーブル・座敷(フローリング)席にバリエーション豊かな日本料理(おにぎり、ラーメン、餃子、天ぷら、唐揚げなどなど)が次々と出され、訪れる人達を和のおもてなしで迎えてくれます。

 この唯一無二の素晴らしい空間をつくった坂口さんとダリヤさんご夫妻の絆。とても応援したくなるお二人のこれまでの歩みが聞けました。30分ほどのインタビュー予定だったのが、話が弾みお昼をご一緒させてもらいながら、ゆっくりと楽しい時間を過ごさせていただきました。春の訪れとともに出される心温まる料理と物語にお腹も胸もいっぱいになりました。

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