【2021年6月】ミンスクの1日

日本とベラルーシをつなぐ秋田犬

展覧会に参加したアリスと飼い主さん(左)とタチアナさん(右)

1年ぶりのミンスク

 こんにちは。コロナ禍ではありますが、約1年ぶりにミンスクでの生活に戻ってくることができました。私がベラルーシに到着したのは2月中旬でした。出発直前の情報では、現地入り前72時間以内に受けたPCR検査の陰性証明書(英語)と査証(私の場合は留学ビザ)を持参し、感染拡大国とみなされていない国から(日本も含まれていました)到着した者は10日間の隔離が免除されるということでした。感染拡大国に指定されていたフランスを経由しましたが、乗り換え待ち時間が24時間以内であればミンスク到着後の隔離は必要ないはずでした。しかし、そのルールが変更になる可能性もあり現地入りするまで正確なことは分からない状況でした。ミンスク国際空港到着後、ベラルーシ国立大学の招待状を見せると隔離なしでの行動が許可され、すぐに大学院生活を再スタートさせることができました。

 現地の知人のほとんど(約7割)はすでにコロナウイルスに感染した後で、親類や友達の間でも以前のように集まっての食事・飲み会をして付き合いを楽しんでいます。『もう、怖がることに疲れた。』という意見もあり、自己責任で気をつけながらも毎日の生活を楽しむことを心がけているようです。商業施設 の中やバス車内などではマスク着用が基本で、特に地下鉄に乗る際には厳しくチェックされます。飲食店は従業員がマスクをつけている以外は普段と変わらない姿でぎわっています。国内の伝統行事や人気イベントもよほどのことがない限り中止になることなく行われています。

ベラルーシでも人気の秋田犬

 今春のミンスクは雨量が多く寒い日々が続きました。6月に入ると急に春の暖かさと夏の暑さが入り交じったような気候となり、天気も気分も晴れやかになっていきます。久しぶりのレポートでは、現地で活躍する日本の天然記念物にスポットを当ててみました。 今、ロシアをはじめベラルーシでも人気沸騰中の秋田犬がテーマです。

 今回の取材に協力してくれたのはベラルーシ国内における秋田犬専門の訓練士タチアナ・グリツクさんです。幼い時から多くの犬種を飼ってきたタチアナさんが秋田犬との関わりこそが自分の天職だと感じたのは、実話に基づいた邦画《ハチ公物語》を見た時でした。それ以来、ドッグトレーナーの有資格者であるタチアナさんは翻訳された専門書を本を読むなどほぼ独学で勉強しながら、主に秋田犬のみを取り扱うスペシャリストになりました。現在では彼女に訓練をお願いする秋田犬の飼い主が国内で後を絶ちません。ベラルーシでの秋田犬の購入・育成は決して簡単で安いものではありませんが、大型犬でありながらも可愛らしい顔つきが魅力の“アキタ-イヌ”のペット需要は日に日に高まっています。

タチアナさんと秋田犬のトレーニング

訓練中のタチアナさんとイチハナ
訓練中のイチハナ
イチハナのかみ合わせチェック

 特別にタチアナさんが受け持つ秋田犬のトレーニングの一部始終を飼い主同意のもと拝見させていただきました。この日やって来たのはまだ一歳未満の虎毛の牝イチハナです。週に一度、各1時間の頻度で訓練を行います。まず室内に設置されたサークル内をタチアナさんと小走りで周回していきます。次に静止した美しい姿を保つ訓練を専門の道具(足踏み台等)を使用しながら行います。犬にとっては我慢が必要な瞬間ですが、イチハナは嬉しそうに一つ一つの課題をこなしていきます。「上手くしつけるコツは何ですか?」という質問に『その都度ご褒美にエサを与えて、今やってることは自分にとって得なことなんだと覚え込ませるのがまずは大事です。』とこたえてくれたタチアナさん。さらにイチハナの体の各部位(巻き尾の形や牙・爪等も)を入念にチェックしていき、飼い主に手入れのアドバイスをします。こういったトレーニングや体のケアはコンテストに勝つためだけでなく、秋田犬に社交性を身につけさせ、健康に生きるためにも役立ちます。秋田犬はもともと熊犬(狩猟犬)で闘犬だった時代もある大型犬なので、しっかりとした管理と飼育が必要となります。タチアナさんに預けられる秋田犬達は人に対して好意はあっても攻撃性は全くありません。飼い犬にとって最も大切な人間社会への順応が見事に身についています。

重要な目標 ドッグショー

展覧会・静止姿勢
展覧会・歩行

 トレーニングする秋田犬を国内外で頻繁に行われているドッグショーに出し成果を上げさせることも重要な目標となります。『ベラルーシでも毎年3月に秋田犬展覧会が行われていて、勝者は世界大会(パンデミックの影響で今年の開催は審議中)への切符を手にします。日本の秋田犬展覧会と異なる点は、静止した姿形の美しさや歯牙噛み合わせの審査に加えて歩行や小走りの動作も評価の対象になることです。』と教えてくれたタチアナさん。2021年6月5日~6日ミンスク近郊ラタムカ村で開かれた国際ドッグ展覧会CACIB FCI (国際畜犬連盟)に招待してくれました。ベラルーシでは四半期に一度のペースで開催されるこの大会には、ロシアやヨーロッパの多くの国々から多種多様な犬種が集まりドッグショー(純血統種の品評)やドッグスポーツ(身体能力・技能の競い合い)が行われます。パンデミックのため今年の参加国数は減りましたが、それで広い野外会場は日本でも人気 の小型犬チワワ、柴犬、ポメラニアンから見たこともない大型犬や珍犬種などで一杯となります。

展覧会・審査中
展覧会・表彰台

 ベラルーシ代表の秋田犬達の出番は初日の10時~、第四リング展覧会場です。飼い主が自分の秋田犬を専属の訓練士に預けてウォーミングアップが始まります。2~3匹ずつ(それぞれトレーナーがリードを持って)とともに出場し、サークル内を小走りで一周したり直線に進んだりした後、静止させた犬の姿形や噛み合わせ等を審査員が入念にチェックして評価していき ます。その場で結果が告げられると犬の隣にいるトレーナーとそれを見守る飼い主から大きな声が出ます。そして勝敗に関係なく参加した犬を思いっきり誉めてやります。逆に犬の行儀が悪かったりすると、すぐに低い声で叱ります。その様子は母親が子供をしつける時のそれと似ています。ベラルーシの教育で関心するのが、子供でも犬にでも叱る時には体罰を使わず、あまり感情的にもならず言葉で良し悪しを教えこむところです。コミュニケーション能力を高める効果もあるのではないでしょうか。

タチアナさんの夢

アリスと賞状
秋田犬とアメリカン・アキタ

 タチアナさんも自身が訓練する4匹の秋田犬シンバ、シオリ、ユキ、アリスと一緒に出場しました。みんな信頼しきった眼差しで彼女の顔を見ながら上品な立ち振舞いを見せてくれました。日差しが強く暑いなか走り回ったタチアナさんは汗だくで顔を真っ赤にしていました。それでも満足そうに笑顔で自らの夢を語ってくれました。『私達の国でも秋田犬の愛好家・飼育希望者が増えていますが、彼らには純粋な血統の子犬を提供して正しい育て方を伝えていきたいです。ブームにのって秋田犬の数を急激に増やすのではなく、生まれてくる仔犬達みんなが幸せに育つ環境を整えていきたいと考えています。近親同士での交配はよくないので、定期的に日本から純粋種を直接購入させてもらえるルートをつくり、私達の国でも秋田犬の血統が徐々に広がっていけば嬉しいです。そして、ベラルーシ秋田犬保存会を設立させることが目標です。現在ベラルーシ国内には、日本の秋田犬保存会公認の血統書付きの犬が飼育されている犬舎は4つしかありません。それが最低でも10にならないと秋田犬保存会成立しません。ロシアにはすでにあるので、私達も実現に向けて頑張っていきます。』そう力強く言いながら、今大会に出場した二頭の赤毛の秋田犬シンバ(牡)とアリス(牝)をやさしく撫で『この子達のような姿形をしたタイプの秋田犬が理想で必要なんです。コロナが収束して道が日本への開かれれば、訪日し秋田犬のことをもっと実践的に学んでいきたいです。』と付け加えました。

タチアナさんのメッセージ

 今年でチェルノブイリの事故からから35年、福島原発の事故から10年が経ちますが、タチアナさんは自分の母国と愛する秋田犬の故郷でもある日本で起きた悲劇について次のように語ります。『チェルノブイリの事故が発生した当時、私はまだ幼くて何が起きたのかよく分かりませんでした。その後、事故の歴史や放射能被害の深刻さを知り、本当に悲惨な出来事だったのだと認識しました。私はミンスク出身で、幸い自分も含めてまわりで重い病気にかかった人はいませんでしたが、事故後に国内で甲状腺の病気が多発したのは知っています。福島でも同様の事故が起きてしまいましたが、日本の方々にはあまり悲観的にならないで希望を持ってほしいです。日本は水と良品質の食材が豊富なので、ヨード不足だった私達の時より被害は大きくならないと思います。そして大丈夫であると信じたいです。でも定期的に、少なくとも1年に一回は健康診断を受けて病気の予防に努めることが大事です。心身ともに健康でいることが一番ですから!』と前向きなメッセージをくれました。いつも明るいタチアナさんの元気の源は間違いなく大好きな秋田犬とふれあいでしょう。

(田中 仁)

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