この本は、1986年4月26日未明に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故の被害にあった子どもたちが書いた作文集である。彼らは、自分の意志とは関係なく放射能の洗礼を受け、その汚染された土地に住み、そして今なお放射線による被曝にさらされ続けている。
チェルノブイリ原発の大爆発によってまき散らされた放射能は地球全体をおおったが、彼らが住むベラルーシ共和国には折からの強い南風にあおられ、その70%にも及ぶ死の灰が降り注いだ。風向きの悪戯で、ベラルーシにたくさんの「死の町」、「風下の村」が生まれた。後になってわかったことだが、遠く300キロも離れた町でさえ、チェルノブイリ周辺と同じように強く汚染されていたのだ。作文を書いたのは、これら「風下の汚染地」に生まれ、生きてきた子どもたちである。
作文コンクールは「私の運命の中のチェルノブイリ」というテーマで、1994年3月から4月にかけて行われた。実施したのは、ベラルーシ社会エコロジー同盟「チェルノブイリ」というベラルーシの民間支援団体である。また、作文を募集するにあたっては、ベラルーシ教育省の全面的な協力と援助を受けている。
呼びかけに応え、寄せられた作文の数は500編を越えた。また、作文以外にも数多くのイラストや絵が寄せられている。ベラルーシでは、これらの作文のうち優れたもの100編を収録して、「黒い雨の跡」という単行本が出版されることになった。ロシア語、ドイツ語でも出版されることになっており、日本語版での出版については、私たちチェルノブイリ支援運動・九州に託された。
作文を書いたのは、主として中等学校(11年制で、6歳から16歳までの子どもが学ぶ)の高学年の生徒たちである。事故が起きた時、彼らはまだ幼く、なにが起きたのかを正確に理解することができなかった。そんな子どもたちに襲いかかった悲しみや苦悩が、一人ひとりの体験として綴られている。
たった一回の原発事故がいかに多くの人々の運命を変えてしまったことか。だが、絶望や悲しみだけではない。取り返しのつかない悲劇を引き起こしてしまった無責任な大人たちを鋭く告発しながらも、自分たちとこれからの世代に希望をつないでいる。そしてなによりも、愛してやまないポレーシェの大地が再び実り豊かな大地として蘇ることを夢みているのだ。
日本語版では、これらの作文のうち50編を収録することにした。 この50編を選ぶに際し、ベラルーシの子どもたちと同世代の日本の中・高生に、作品を選ぶ作業に加わってほしいと呼びかけた。この呼びかけに対し、全国からたくさんの中・高生が協力を申し出てくれた。この本は、ほとんど彼らが選んだ作品で構成されている。
また、日本各地で様々な形でチェルノブイリの支援。救援の運動を続けているグルーブも紹介している。もちろんこの本の中で紹介できていないグループもたくさんあることを付しておきたい。
この作文集を出版するにあたっては、実に多くの方々の協力をいただく幸運に恵まれた。絵本作家の葉神明さんには表紙、扉絵、口絵などをボランティアで書いていただいた。翻訳した原稿は、和田あき子さんの指導のもとに、東京外国語大学ロシア語科のみなさんに一本一本、丁寧に読み返していただき、より正確な訳文を掲載することができた。また、装幀家の毛利一枝さんには、すばらしい本の顔を創っていただいた。
多くの方々の協力のもと、この本が出版できたことを誇りに思う。
この作文集を制作するために御協力いただいた方々の名前を末尾に掲載し、お礼の言葉としたい。
「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」編集プロジェクト一同
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