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チェルノブイリ通信 No.61 (3)
2004年9月24日発行
ベラルーシ旅日記
チェルノブイリ調査隊報告
・ベラルーシの旅・チェルノブイリ調査隊報告
雪だるま2号関連報告
チェルノブイリと関わる人々
手島雅弘チェルノブイリ写真展を訪ねて
ベラルーシの旅・チェルノブイリ調査隊報告
チェルノブイリへの募金を呼びかけて12年
はじめて訪れたベラルーシでの支援の現場


西首 延子(にしくび のぶこ)
1962年、長崎県庁入庁。長崎県職員組合女性部長、同県職員組合副部長を歴任。12年間、チェルノブイリの被災者への募金活動続け、 今回、はじめて支援活動の現場を見るため、チェルノブイリ調査隊に参加。


支援の現実に触れるために参加したチェルノブイリ調査隊
 現場自治労長崎県職員組合女性部が、チェルノブイリ原発事故被災者救援カンパを取り組んで12年になります。毎月9の日に出勤する職員へビラを配布しながら 1円玉募金を呼びかけ、年2回チェルノブイリ支援運動・九州(以下支援運動九州)に送りました。
 18年経った今、チェルノブイリはどうなっているのか、私たちの支援は、どう活かされているのか、今後、何が必要なのか、自分の目で確かめようと思い調査団に参加しました。
 8月19日、成田から、モスクワ経由でミンスクへ、乗り換えの連絡が悪く、ミンスクへ着いたのは、予定より遅れて午前1時30分。深夜だというのにベラルーシ赤十字のロマノフスキー総裁の出迎えを受け驚きました。
 翌日、ベラルーシ赤十字を訪問しました。総裁から支援に対する感謝と、特に雪だるま号がミンスクから遠く離れたブレストやストーリン地区などからの患者の輸送に大変役立っている。 間もなく雪だるま2号になるのを期待しているとあいさつがありました。その後で自治労長崎県職員組合女性部に対して感謝状贈呈があり、突然のことで驚きました。長年の私たちの小さな取り組みが評価され、大感激でした。 帰国後、女性部のみなさんに報告し、これからの運動の励みにしていただきたいと思います。
 今回の訪問の一つに雪だるま2号の贈呈がありましたが、国が違えば、寄付一つでもいろいろな手続きがあり、寄付についても50%の税金がかかるということでした。 この問題解決のために、一度国の銀行に入れ、チェルノブイリ被爆者支援の車購入費に充てる条件で書類を作成しました。金の受け渡しについても、札ナンバーを1枚ずつ控えていく念の入れようで、これには驚きました。 みんなが待ち望んでいる雪だるま2号が、患者を乗せて、広大なベラルーシ内を走り回る日が1日も早く実現することを願わずにはおれません。

工房「のぞみ21」の人々との出会い 気になる今後の経営
 翌日は、ゴメリ州へ移動。山が全くない、行けどもいけどもただまっすぐな道を車で走る。日本のようにドライブインがあるわけでなく両側は果てしなく広がる畑と時々見かける牛の放牧。 民家があるところではりんごがたくさんなっていました。途中での昼食は、おいしいロシヤのスープとボリュームたっぷりのバーベキュー、夕食分まで食べました。
 ゴメリでは、「のぞみ21」のスタッフの自宅を訪問しました。ナターシャさんの案内でエレーナさん宅を訪問。彼女は17歳で両方の甲状腺を摘出し、ホルモン剤を服用しています。 結婚して夫と二人暮し。手術を受けたあとは、8時間労働はできないので、「のぞみ21」で働いています。すばらしい刺繍の技術を持っています。
 もう一人は、水頭症のターニャ。彼女は一人で外出ができないので、自宅で刺繍をしています。両親と3人暮らし。父親は運転士、母親はマンションの清掃、 彼女の障害者補助金で生活しているそうですが今後がちょっと心配。
 家庭訪問の後は、ナターシャ宅を訪問し、手作りの料理で歓迎してもらいました。一応、レシピは聞いたものの果たしてこの味は出せるかな?
 「のぞみ21」は運営が大変厳しいようです。それは、この国の政策にも問題があり、障害者が働く施設なのに国の支援がほとんどない。 それどころか、製品を作ると売れなくても税金を納めなければならないから、あまりストックができない。かといって大量に生産はできないのでその調整が難しい。マトリョウシカなどを仕入れて来たので皆さんのご協力を!

検診の現場・ブレストストーリンを訪ねて
 ブレスト、ストーリンの病院を訪問し、これまで手術を受けた人の話を聞くことができました。
 ブレスト市立内分泌診療所では、チェルノブイリ通信にも登場したアルツール医師とその妻アリーナさんに面会できました。
 アルツールさんは、診療所までこれない人のために検診チームを組んで汚染地も非汚染地も含めて、月20日ほど回っている。1999年から12万人の検診を行っている。 超音波器等の支援は経済的に厳しい中で大変ありがたい。また、日本での細胞の取り方や染色技術の支援が役立ち、甲状腺がん患者の増加しているのもひとつには技術が向上し、こ れまで見逃されていたのが発見されているからと思う。事故当時、0〜18歳の人たちをリスクグループとして特に注意深く診ていると話されました。
 このようなきめの細かい取り組みと医療技術の向上で甲状腺がんの早期発見が進んでいます。
 甲状腺がんの手術を受けた人は一生ホルモン剤を飲み続けなければなりませんが、チェルノブイリ被災者の証明があれば無料でチロキシン(ホルモン剤)がもらえます。一般の人は有料。ちょうど説明を受けているとき、女性が甲状腺のエコーを撮っていました。彼女は18歳。 首にしこりを感じて診察に来たという。

交通事情の問題 はやく雪だるま号を
 ストーリン地区中央病院で面会した青年ビクトルは、2000年の支援運動九州の検診で甲状腺がんが見つかり、ミンスクで手術を受けています。 当初は雪だるま号があったので利用できたが、今はないため、バスか列車で夜出発し、駅で朝を迎え、トロリーバスで病院に行き、早く終わればその日のうちに帰れるが、遅くなると駅で一夜を明かして帰るそうです。
 原発事故は目に見えない恐怖を私たちに与えています。ベラルーシの美しい森や川は汚染され、きのこや魚が汚染されているかもしれないと思うと食べるたびにこれは大丈夫かなと思ってしまいます。 原爆と違って森も川も見た目には何の異常もなく本当に美しい。もちろん、私たちが行ったところは立ち入り禁止区域ではないのですが。
 身近にある玄海原発が事故起こしたらどうなるでしょう。
 今回の旅を通して私たちの支援が現地の人たちに役立ち、活かされていることを実感しました。今後の課題として医療支援から、次世代を担う人たちへの支援も検討する時期かな。 しかし、支援するのも大変であることも実感!
 支援をしてあげるのではなく、何が必要か現地の人たちと連携しながらの取り組みが必要。支援運動九州はよくここまでがんばった!

西首 延子(元長崎県職員組合女性部)
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